家族

 私の母は、比較的、豪傑であると思う。
 私が小学生のときのある日、彼女は家に帰るなり「マンション買って来たぞー」とのたまった。家族には何の相談もなかった。


 その後私が東京に住むようになってから、母はとち狂ったかのように転居を繰り返している。北海道に住んでいたかと思えば関東に引越し、落ち着いたと思ったら突然九州に転居である。
 ちなみに、私の父はその度に職を失っている。失職ゆえの転居ではなく、転居ゆえの失職だ。


 私が実家に帰ったとき、母は「石垣島に住みたい」と言っていた。
 「すごくきれいな海だったのよ。あの海で溺れて死にたいわ」
 いや、きれいだというのはよくわかるのだが、それを表す比喩としては絶望的に間違っている気がする。溺れて死にたいと言われても。


 だけどそれでも私は、彼女らしい、と思った。


 東京に帰る日、母は私を駅まで送った。彼女は大抵気丈であるが、それでも別れ際に交わす言葉は、少し涙声が交じりはじめていた。それに自分でも気づいたのだろうか、改札に向かって私の肩を押した。早く行け、とでも言うように。


 振り向いて手を振ろうとしたが、止めた。そのまま歩き続けた。
 それが彼女に対する私なりの礼儀なのだと思った。